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おでんと銀シャリ 

手話と字幕で放映|かがやき手話ニュース

昨夜は、自宅で家族とともに「おでん」を楽しみました。

まだまだちびっ子とは言え、4月から小学校5年生になる娘が喜んでおでんを食べている様を見て、ふと創業時のことを思い出しました。

かがやきパソコンスクールを立ち上げたのは、2002年の8月23日。今から5年前ですね。

聞こえなくても安心して勉強のできる場所を作ろうと、自分の持っている財産のほとんどをつぎ込こみ、無借金・無助成で立ち上げたのが、つい昨日のことのように思い出されます。

ま、自立を支援するのに、自分が助成金でもないだろう、くらいの事しか思っていなかったわけですが・・・

当時の私の周りには、「無茶だ」とか「絶対に続かない」などと言われ、反対したり翻意を促す人が多かったのですが、「いずれ絶対に必要になるはず」と信じてスタートさせたものでした。

スクールを開校したその日に、「アルバイトでも見習いでもなんでもいいから雇って欲しい」と、飛び込んできてくれたのが「もっちぃ」でした。

当時は、大学を出たばかりのお嬢さんでしたが、今では立派な私の片腕であるばかりか、日本を代表するインストラクターの一人に数えることが出来るくらいに成長してくれました。

スクールを開校してすぐにスタッフが見つかったのは良かったのですが、肝心のお客さまは開校後3ヶ月間はたったの3人。

開校してから毎日が、文字通り赤字の連続でした。
何しろどんなに節約しても、固定費は毎月嫌でも出て行きます。

自分の財産だけで始めたとは言え、それまではサラリーマンをしていましたので資金が潤沢にあるというわけではありません。

4ヶ月目の12月に、とうとう資金が底をついてきました。

家族に、米すら買ってやれない状況になったわけです。

当時小学校1年生の娘は育ちざかりでしたので、なんとか娘の食料だけは確保することにし、私と家内の食事は1日1食にして、残り少ない米を引き伸ばしていったものでした。

それでも娘の食事は、たまたま買い置きのしてあった梅干だったり、とろろ昆布のおつゆをご飯にかけて食べさせるなど、決して栄養の良いものではありませんでした。

その時は、学校の給食が唯一育ち盛りの娘の栄養源になっていたかと思います。

「学校の給食ってありがたい」

しみじみ思ったものでした。

それから2ヶ月くらいは、私と家内は一日に一食。
娘は自宅で粗末ながらも食事をし、給食で栄養を得ているといった生活が続きました。

いくら覚悟して結婚してくれたとはいえ、あまりにも家内が不憫だと思いながらも、どうにかなるまで我慢するしかないと家内に言いながら、自分に言い聞かせていたものでした。

また私としては、「聞こえなくても安心して勉強のできる場を提供し、聴覚障害者等の自立と社会参加を促進する事業を行う」ことを目的にスクールを作りましたので、お客さまに過度の経済的な負担を強いるような商売は死んでもしたくはありませんでした。

そういう意味では、貧乏することも折込済みの話ではありましたが、いざその中に入ってみると、なかなかに大変なものです。

最近知ったのですが、「義を明らかにして、利を計らず」という山田方谷さんの言葉があります。

その当時の頃とダブって来ますので、益々味わい深い言葉として響いてきます。

しかしながら、栄養不足が続くと体調にも変化が現れてきます。
目がかすんで見えなくなったり、手足が思うように動かなくなってくることもありました。

「いくらなんでも、もう限界かな。みんなが言うように、この仕事は続かないのかな。」

時折、迷うこともあったのは事実です。

そんな時に、捨てる神あれば拾う神なのでしょうか。

たまたまスクールに通われているお客さまから出張サポートを頼まれて、そのお宅へ伺ってパソコンの設置などをお手伝いしに行ったた時のこと。

「よろしかったら、これをお持ちください。実家が新潟なので、沢山あるのです。」

なんと、新潟のコシヒカリが5Kgの袋に入っているではないですか!

私は仕事で来ているわけですから、それ以上の報酬を頂くわけにはいかないのでもちろん辞退はしましたが、「ぜひに」ということでしたので、ありがたく頂戴して帰りました。

お米を下さったお客さまは、ご夫婦でスクールに通われていたのですが、ご主人のほうがALS(筋萎縮性側索硬化症)という原因不明の難病のため、奥様も付き添いをかねて一緒に勉強をされていました。

「身体がまだ動くうちに、パソコンを覚えてみたい」と、不幸にも難病にかかってしまったにも関わらず、前向きな挑戦をしようとするご主人に、しっとりと寄り添うように応援されている素敵な奥様でした。

その後半年くらいして、ご主人が歩けなくなってしまったことからスクールには来られなくなりましたが、いつもスクールのメールマガジンを楽しみにご覧いただいているといった嬉しいお便りを頂戴しました。

かがやきパソコンスクールが、どん底からやや明るい兆しが見えてきたのは、このご夫婦との出会い以降でした。
神降臨とは、こういうことを言うのかも知れません。

そのご夫婦にお米をいただいた日。

数ヶ月ぶりの「銀シャリ」で、我が家が息を吹き返したことは言うまでもありません。

私もスクールのつり銭箱から300円ほど拝借して、頑張ってついてきてくれた家族にと、スーパーで小さなパックにつめられたおでんを買って帰りました。(注:つり銭は、後でちゃんと返しました。)

家族3人で食べるにはおでんは少量でしたが、おでん種をさらに細かく3等分しておかずにし、久しぶりの「銀シャリ」を楽しんだものでした。

大喜びで食べる娘。
家内の笑顔。

娘と家内が揃えて言う「パパ、ありがとう!」の声。

貧しくても、誇りだけは捨てないようにしよう。
そう思ったものです。

今でもおでんを頂く時には、本当に苦しい時にお米を下さったご夫婦の住まいの方に向かって感謝しながら手を合わせています。

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[2007/03/09 19:15] ひとりごと | TB(0) | CM(12)

こんばんわ

ランキングより
おじゃまさせていただきました。
記事を読ませていただきました。
“グッ”とくる記事ありがとう
ございました!!
またおじゃまさせていただきたいと
おもいます。
いろいろ見させて
いただいたお礼に
応援してかえりま~す
[2007/03/09 21:06] エントリーパーク.com banban [ 編集 ]

泣きそうになりますやん!

こんばんは。七星です。
読みながら自分の若かりし頃の事を思い出しました。
家内とのスタートは4畳半一間でしたから。。。
「神田川」の世界そのものでしたから。。。
苦労の分、今は懐かしく思い、笑い話にできるのかも。
ジーンときました。
[2007/03/09 21:51] 七星 [ 編集 ]

エントリーパーク.com banbanさま、いらっしゃいませ。

初めまして!
ようこそお越しくださいました。

応援ありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。(^○^)

七星さまいらっしゃいませ。

いつもお世話になっております。

>「神田川」の世界そのものでしたから。。。

私も結婚した当初は、同じようなものでした。
みかんのダンボールをひっくり返して、お膳代わりに使ったものです。
裸電球も懐かしく思い出しますわ。(^○^)

懐かしいです・・・

益田さん、こんにちは!!
自分達の昔と重なって、胸が熱くなりました。
幸い実家が秋田なので米は大丈夫でしたが・・・(笑)
苦楽を共にしてきた家族・社員は宝ですよね・・・
[2007/03/10 08:42] ヤマニ [ 編集 ]

ヤマニさま、いらっしゃいませ。

いつもお世話になっております。

>自分達の昔と重なって、胸が熱くなりました。

ありがとうございます。
ご苦労されたご尊父のお話を伺っておりましたので、そのお気持ちも良くわかるような気がします。

子供でも事業でも何でもそうですが、何かを生み出す時にはうまい具合に試練が与えられるように出来ているのでしょう。

それを辛いと思って投げ出すか、辛抱しながら工夫していくかが分かれ道のような気がしています。

つい

こんにちは!石井です。

2002年といえば、ついこの間のこと。
こんなご苦労までされていたとは知りませんでした!
それにしても、もっちぃさんのことといい、お米をくれた方のことといい、「義を明らかにして、利を図らず」という益田さんの姿勢に対し、天が味方したとしか思えないすごいお話ですね。

ハンガリーは、100円でパンが最大44個買えます^^;

こんにちは。
おでん、銀シャリ、こちらでは、高級食材の一つです。なので、うちでは、おでんは、年に2回が限度かな。米は、安いお店で、日本の米に近いものを購入している日々です。
日本食は、有難いですよ。そう痛感します。
ハンガリーは、物価が日本よりも、まだ、安いので、
日本の100円で、安売りの日のパンが、44個も購入できます。
私も、小さい頃は、1杯のラーメンを、2,3人で分けるのが当たり前で、「1杯のかけそば」のお話を聞いても、「普通じゃない」と思って読んだことがあります。
継続は力なりといいますが、どんな大きな企業も継続は難しいこと。
是非、続けて、いい成果を生んで下さいね。応援しています。


起業はどこも似ているのですね

 こんにちは、遅すぎですが投稿したくなりましたので、

 かがやきパソコンスクールは優れた企画により何の問題もなくスタートしてあまり苦労もなしに運営できているのかと、僅かですがやっかんでいました。
しかし、そうではなかったんですね、安心しました。
私の場合、最初の起業は失敗し、サラリーマンを止めてもうすぐ10年になろうとしている最近ようやく少しだけの明るさを感じています。
また、脱サラした友人も、起業後2年くらいで電話したところ悲惨な感じを受けました。しかし、その電話した時期を境にして次第に軌道に乗り始め、今は何とかなっているようです。

 悲惨な時期の心細さは私も忘れる事ができません。しかしこれがあるから失敗を避けることが出来るのではないでしょうか。

 これからも頑張って下さい。
[2007/03/11 23:37] なめそ [ 編集 ]

「パチンコ社長がおくるサービスの心とマネジメントの知恵」の石井さま、いらっしゃいませ。

いつもお世話になっております。

>2002年といえば、ついこの間のこと。

そうなんですよぉ~。(^。^;)

>天が味方

気の毒に思ってもらえたのかも知れませんが、それ以降はなんとか順調といえるようになりました。

なにか、パチンとはじけた感じですね。(^○^)

szia@ハンガリー(ハンガリー情報プログ) ハンガリー娘さま、いらっしゃいませ。

いつもお世話になっております。

>私も、小さい頃は、1杯のラーメンを、2,3人で分けるのが当たり前で

おっ、もしかして私より年上の方ですか?(^。^;)

>100円でパンが最大44個

それにしても、それは凄いですね。
国によって、モノの値段が違うのですね。

ハンガリー娘さんならぬ、こっちは「ハングリーおやじ」です。(^。^;)

なめそさま、いらっしゃいませ。

いつもお世話になっております。

お久しぶりですね。
益々のご活躍のことと存じます。

>何の問題もなくスタートしてあまり苦労もなしに運営

いえいえ、そんなことはありません。
やっぱり多少の見込み違いもありましたが、世間様並みに与えられるべくして与えられた試練だったのだと思います。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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